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ゆずこんぶおいしい

アイドルのもつ一瞬の輝きと永遠の力について考えるblog

【書き起こし】ライムスター宇多丸のタマフル映画批評「ピンクとグレー」 

加藤シゲアキ タマフル ピンクとグレー

2016年1月23日TBSラジオライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル」の映画評論コーナーの書き起こしです。行定監督の過去作品への言及など、省いている箇所もあります。 ※ネタバレ部分もあるのでまだ映画を見てないかたはご注意下さい。

 

原作者加藤シゲアキとこの番組の関係については下の記事もどうぞ。

yuzukonbu.hatenablog.com

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(客は)非常に入ってました!当然というべきか9割はジャニーズファンと思しき女子たち。1割が男たち。どっちにしろ、ほぼ十代のお客で埋まってました。その若い観客たちが、明らかに途中で、主に2箇所、どよめくというか、明らかに動揺する、劇場全体がざわってする瞬間がありまして、そこがすごくいいな!と思いました。

 

ということで、当番組的には「俺たちのシゲ」こと、加藤シゲアキ君、何回もこの番組に来てくれて。ね、今はちょっと裏(番組)やってるんで出てきてもらえなくなっちゃったけど、心は「俺たちのシゲ」ですよ。ファミリーですよファミリー。加藤君は小説家としてぐいぐいレベルがあがっていて、特に最新の短編集『傘を持たない蟻たちは』これほんっと読んでください。もう完全に小説家として腕ある方っていうか、すごいレベルになってきています、ハイ。

 

当番組リスナーはご存知の通り、加藤君自身が大変な映画通で鑑賞眼や審美眼も確かなだけに、評論するこっちも緊張いたします。この「ピンクとグレー」という小説自体が映画からヒントを得てると加藤君自身が公言していますね。「ブラックスワン」やその元ネタの「パーフェクト・ブルー」、時系列は「500日のサマー」だったりと、それにならえば順当に映画化という想像がつくという感じもしたんだけど!さぁどうでしょう。

 

監督は行定勲さん。当然のように映画化にあたっては原作小説から大きくアレンジが加えられている、まぁたいていの映画化はそういうものですが。冒頭のつかみからして映画オリジナル。お話の中心となる、二つの「死」っていうショッキングな部分を頭にもってきてつかみにする。最初バレエのシーンを長くすることで原作のブラックスワン感も強調できるし、なるほどなと思います。そこから、カメラのフラッシュの中で意味ありげに目線を交わす菅田将暉さんと夏帆。小説とは違うけど、何が起こるんだろうという感じがします。

 

で、時系列は14年前に戻って、主人公の男の子二人、イケてないほう(りばちゃん)とイケてるほう(ごっち)と原作よりかなり役割が大きくなってる女の子(サリー)。この3人の出会いと成長を描く、というくだりが前半部なわけです。で、今回は宣伝でもガンガン言ってるわけです「幕開けから62分後の衝撃」と。具体的に何が起こるかは僕はなるべく言わないようにしますが。

 

で、前半分の「いかにも日本映画」な感じ。正直これどうなの?って思う演出や見せ方が続くわけです。たとえば子ども時代の3人が出会う場面での、いかにも子役然とした演技の感じとか、いかにも脚本の段取り然とした出会いの様子とか、主人公のくどい独白ナレーションとか。 土手を自転車でとか、引っ越しのトラックから追っかけてくる相手に顔を出してお互いサヨーナラーとか。よくある日本の青春映画という記号的な青春、思春期描写が続くわけです。あと芸能プロの社長のマキタスポーツさんがすごくわざとらしく女編集者の髪をいじるベタな愛人表現感だとか。

 

いってみればすごく陳腐な記号的な演出が多くて、なんだかな~と思っちゃいますが、その「62分後の」仕掛けのあとだと、ああなるほど「あえて」なんですね、と、それは分かるようになっている。それまでの演出が意図的なんですよ~という構成。それにしたって、って思うんです。例えば劇中で演奏される曲、映画では英語詞に置き換えられていますが、微妙だなーと思ったり。

 

あと、それより気になるのは語り手であるりばちゃん。親友ごっちに対する嫉妬・コンプレックスに悩むというのは原作でもそうなんですけど、今回の映画だとキャラクターが単に天然というか、天然なバカになってるんですよ。行定監督は言ってます「観客に理解されやすいように僕はいつも主人公のIQをちょっとだけ下げる」と。演じてる菅田将暉さんもわざとダサく演じてるみたいなことを言ってます。だから意図的なんでしょうけど、天然なバカになることで、主人公の挫折や葛藤が、お前がバカだからだろっていうか、極端にバカな子だからこうなっちゃってんの?ていう風に見えてしまっているのは事実。

 

それも含めて全部がわざとですよ、っていう風に言えるような作りにはなってますよ。で、中盤の62分後の衝撃。これまで我々観客が観ていたものの意味が反転する、クラクラするような感覚、これが間違いなく本作の一番のキモ。作り手もこの一点突破にかけたみたいな作品なのは間違いないんじゃないでしょうかね。何しろいきなり行定監督本人が出てきちゃうというね。後半における、幼なじみの女の子(サリー)や事務所社長の絶妙な似て非なる感。面白い!

 

仕掛けそのものは面白いし、そっから15分間は僕は文句なく楽しめました。

 

ただ、トランプの大富豪のゲームをしてて、その途中で反則的な技を使い切ってしまったせいで結局残ったカードでは大した上がり方ができなくなってしまった。みたいな。要は、仕掛けはいいんだけど、その仕掛けを使ってそれ以上は面白くしてくれない。一瞬ビックリさせて、ああなるほどねぇ!ってそれ以上は転がしてくんないんですね。

 

映画では、原作小説の終わりのその先を描くことで、元々原作小説に内包していた危うさ、つまり、自殺した大スターの親友で第一発見者の人が、そのスターの再現的伝記映画で主演して、さらに彼自身がスターになるって。そんなことってありうる~?っていう、原作がもともと持ってる危うさが非常に目立ってしまう。原作はその病んだ構図というのを活かして、りばちゃんが親友のごっちを演じる事で、自他の境が曖昧になるというか、アイデンティティが崩壊していく話がメイン。自分が親友のごっち化していく話なわけです。

 

でも今回の映画化はそっちの方にはまったく進まないんです。僕的には「ピンクとグレー」という小説を読み終わった時に感じたのがそっち(アイデンティティ崩壊)だったので、そっちの要素ゼロなことに驚きました。

 

じゃあなにを後半やってるのかというと、前半と同じコンプレックスの話と、自業自得なのに八つ当たりしかしてないように見える、芸能界の闇の話。それをよりウジウジ度を増して延々とやってるだけ。主人公(りばちゃん)は劇中皆に「お前もっとちゃんとやれよ」って言われるんですけど、ほんとにそうとしか見えない。要するに一種の精神的な病気にかかってるような、頑張れば頑張るほどそういう闇に入ってしまうという描写でないため、単にものすごく低レベルな甘えをぶつけているようにしか見えない。

 

ベッドシーンが過激なのはとても良かったですね。劇場の女子高生たちが「キャー」じゃなくて「え、いいの?これいいの?」っていう憮然としている声をあげているのが面白かったです。

 

なんにせよ、登場人物のIQを下げるというのが行定監督のテクニックであるなら、今回は下げ過ぎです!観客を見くびってるとも言えます。ものすごく良くいえば、「どれだけその人を憧れて愛していても、その人そのものになることはできない、100%理解することもできない。でもそれでいいんだ。それで一歩ひとは大人になる」という行定監督の大人としてのアンサーなのかな。お姉さんに同化しようとするごっち、ごっちに同化しようとする主人公、というとこで終わる原作の、良く言えばアンチテーゼなんですよね。そのメッセージ自体は妥当ですが、主人公の自業自得ぶりのせいで、説得力もないし話自体も面白くない。

 

主演の中島裕翔さん、とても美形です。彼の持つ品の良さ、性格の良さが現れているわけです。なので、要は狂気とかネガティブとかダークサイドなものを中島さんに求めるのはちょっと違うのかなと。だからこそ、それらは菅田将暉さんと夏帆さんの芸達者組に任せて、中島さんは受けにまわると。そういう方向のキャラクターチェンジなら理解できなくもない。結果的に、菅田将暉オンステージっていう、すごくわかりやすい形でデフォルメした達者な演技っていうのだけが強烈に印象に残る映画になっているんじゃないか。

 

前半はあえてにしてもちょっとどうかという演出、後半は単に未熟な若者の、それこそ「しょーもな。」っていう感じになっちゃってる。渋谷あたりのロケをしっかりやってるのは良かったと思います。ただ、ラスト、歩道橋からあんなに硬くてそれなりに重いものを投げたら、車でも人でも当たったら危ないのでダメです!

 

ただ中盤のキモは原作を読んでいても確かに驚いたし楽しかったし、劇場全体の「ざわっ」ってした感じは醍醐味でしたね。それを味わうだけでも劇場で味わう価値はあると思います。……シゲに絶交されないかな...。

 

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 書き起こしって大変なんですね、毎回ラジオを書き起こしてる方ほんとに尊敬します。

私が映画を見ている間感じてたイライラが、原作の持つテーマが反映されてないじゃないか!っていうところに起因してるということがわかって腑に落ちました。