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ゆずこんぶおいしい

アイドルのもつ一瞬の輝きと永遠の力について考えるblog

嵐の『復活LOVE』を見て、う~んって思った話。

嵐、置きにきたな。

2月26日のMステでの嵐の新曲『復活LOVE』をはじめて聴いた感想です。

竹内まりや山下達郎夫妻の楽曲、セリフ、ダークスーツ、ダンス。これいつかどこかで見た気がする。そう、これって少年隊みたい。

 

ジャニに関する色々なブログを読むようになると、光GENJIについては「伝説の」「史上最大瞬間風速」として語られること多いけど、少年隊ってあんまり語られてないな~って思ってました。ファンの人の年代的にネットをされない方が多いのかな。

なので、嵐に行く前に、少年隊とその時代について語っても いーですか~? 

(いーですよー!)※おジャンプの『我 I  need you』が好き。

 

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さかのぼること80年代初期、少年隊の3人は今でいう「推されジュニア」でした。Tシャツの上にタンクトップを重ね、パンツ見えるんじゃないのって短さのショートパンツを履き、白いハイソックスというthe80年代な装いで先輩の後ろで踊ってました。

私の記憶に残る最古の姿はザ・ベストテンにてマッチの後ろで「ハイティーンブギ」を踊る3人です。今の推されジュニア同様、曲前トークでマッチと並んで名前を紹介され、歌中でも顔アップで抜かれるという好待遇でした。

 

ジャニーさんはよっぽど彼らを大切に育てたかったのでしょう。なかなかデビューはさせず、先輩のバックについたり、時には「夜のヒットスタジオ*1に単独で出演したりしました。デビュー前のグループがこの番組に出ることは異例だったはずで、そんなことからもジャニーさんの力の入れようがうかがえます。

 

ジャニーさんの期待値の高さを表すように、1986年、少年隊はデビュー曲「仮面舞踏会」とセカンドシングル「デカメロン伝説」の間に「BACK STAGE PASS」というカセットテープ限定のアルバムを出します。(当時はCDと同様にカセット仕様でもアルバムが売られていました。)

 この「BACK STAGE PASS」というアルバムは、歴代ジャニーズの代表曲を少年隊が歌いなおすカバーアルバムでした。

仮面舞踏会イントロではじまり、初代ジャニーズ「太陽のあいつ」やフォーリーブス「地球はひとつ」、郷ひろみよろしく哀愁」、田原俊彦「ザ・青春セイリング」、近藤真彦「ギンギラギンにさりげなく」、シブガキ隊「Zokkon命」、The Good-bye「気まぐれOne Way Boy」など歴代ジャニーズの代表曲の後に「仮面舞踏会」、そしてフォーリーブスの「君にこの歌を」でエンディング。

 

私もこのカセットを友だちから借りてダブルデッキのラジカセでダビングして聴いてました。当時中1だった私には知らない曲も多かったですが、古臭い歌も少年隊の高い歌唱力で生まれ変わり、お気に入りのテープになりました。

この、ジャニーズの歴史を集約したアルバムの存在からして、ジャニーさんが少年隊をジャニーズアイドルの究極形と考えていたことは確かだと思います。ブロードウェイから著名な振付師を高い金払って呼んできて、少年隊に振り付けさせたり、デビューの1986年からミュージカル「PLAYZONE」を開演するなど、少年隊の3人は早くからジャニーさんの憧れである舞台を見据えた活躍を始めます。

 

1985年12月末のデビューシングル「仮面舞踏会」から1987年11月に出された7枚目のシングル「ABC」まで2年間、少年隊は男性アイドルトップの座に君臨します。1987年は錦織さん22歳、東山さんと植草さんが21歳、まだまだ若い3人はグングンスキルを伸ばしていきます。

 

そこにあらわれたのが1987年8月にデビューした光GENJIです。

中学2年生だった私の印象だと、光GENJIが少年隊のファンをすべてかっさらっていったという感じでした。

先週まで少年隊の筆箱(「カンペン」と呼んでました)を使ってたクラスメイトが今週には全員光GENJIの名前が入ったカンペンに変えてる、そんな感じの勢いで世代交代が進みました。

 

そもそも当時は娯楽も少なく、もちろんネットなどもなく、テレビや雑誌から一方的に与えられる情報を素直に享受する、そんな時代。テレビに突如現れたケミカルウォッシュの上下にローラースケート履いた少年7人組にみんなあっと言う間に魅了されました。もちろん私も。

光GENJIの登場で、少年隊の3人の洗練されたたたずまいが急におじさん臭く、古めかしいものに見えた気がします。光GENJIの年長組、内海君と大沢君は少年隊の3人と2~3歳くらいしか年変わらないんですけどね。当時中学2年生だった赤坂晃君と佐藤敦啓君の存在も大きかった。(この2人と山本淳一君加えた3人はまだ声変わりもしてなかった)

 

素人まるだしの中学生を含む光GENJIでしたが、スキル不足を補って余りあるほど、7人の若さゆえの輝きはまぶしかったです。明らかな口パクも、ダンスで転びまくるのも、ぎこちない笑顔も、頑張ってる姿にキュンとなりました。芸の未熟さが、アイドルとしての魅力に繋がる事を改めて気付かされた瞬間でした。

 

後輩との差別化のためか、「ABC」以降の少年隊のシングルはジャジーでアダルトな傾向が強くなりました。3人のビジュアルや衣装も急に大人に。ダンスもブロードウェイスタイルというか、ミュージカル風の振り付けが多くなった気がします。

今見ると、『じれったいね今夜』なんかとっても素敵!って思いますが、キラキラして明るい少年隊が好きだった中学生の私には、フワフワパーマをオールバックにして、笑顔封印でミュージカル風に踊るかっちゃんはどうも受け入れにくいものがありました。

ぶっちゃけ言うと「似合ってない」「少年隊いきなりおじさんになり過ぎ」って14歳の私は思ってました。

 

嵐のこと書くつもりが長くなった。

 

Mステの嵐ですが、その時に抱いた少年隊の印象を思い出しました。

少年隊ぽくもあり、SMAPぽくもあり、KinKiぽくもある。TOKIOが歌ってもいいかも。

つまり、これ(『復活LOVE』)って別に嵐じゃなくてもよくね?って思いました。

竹内&山下のあの詞とメロディーで、シンプルなスーツで、あの振り付けで、あのセリフで、そりゃ素晴らしいに間違いない。嵐の5人は踊りもバッチリ揃っててさすが!素敵!って思いました。

でも「置きにきた」つまり「無難」という印象は否めないかな~

SMAPがああなっちゃった以上、嵐をジャニーズの究極で最高峰のアイドルにしなきゃいけない事務所の舞台裏を感じちゃいました。山下達郎氏ってマッチの結婚式で祝辞読んでた*2ぐらい事務所と深いし。

嵐は日本だったり、ジャニーズだったり、背負うものが多くて大変だな。

大野君、大丈夫かな。などと心配しちゃいました。(大野君不器用そうだし)

『復活LOVE』、とっても素敵だけど、うーん。うーん。

 

このことについてはまだ語りたいことがありそうなので、近いうちに続き書きたいです。

 

 

 

*1:1970~80年代の日本がイケイケだったころを象徴するような豪華で本格的な音楽番組。生バンドを使い演出に趣向を凝らした。歌謡界の変貌などにより衰退。

*2:多分。ソース見つからなかったので自信はない