ゆずこんぶおいしい

アイドルのもつ一瞬の輝きと永遠の力について考えるblog

阿久悠、ナベプロ、スタ誕、北公次、踊り子

我ながらこの記事のタイトルの単語の並びにびびってます。

 

今週土曜日放送、24時間テレビのドラマ『時代を作った男 阿久悠物語』の予習のために阿久悠の著書を読み返してるところです。ドラマは70年代の「スター誕生」がメインの話みたいですね。

 

沢山のスターを排出して歌謡曲黄金時代を作り上げた伝説のオーデション番組はその成り立ちがとても面白いんです。

本から得た知識*1でざっと説明すると、元々日テレと、当時の人気タレントを多く抱えた渡辺プロダクション、通称ナベプロは60年代「シャボン玉ホリデー」などにおいて蜜月関係を保ってました。しかし全てのタレント供給をナベプロ所属タレントに求めなくてはいけなかったり、番組内容も事務所先導で決められることに不満を抱いた日テレのディレクターたちが『ある種のクーデター』として始めたのがこの「スター誕生」。

 

 

新鮮なスターを作り出しナベプロ以外の供給源を持ちたい、そんな気持ちではじめた番組は見事大当たりし、アイドルブームが到来するわけです。

70年代半ば生まれの私はこの番組の記憶がほぼないのですが、それでも少女が「一生懸命歌いました!よろしくお願いします!」と言い、スカウトマンが手にした各芸能事務所の名前が書かれたプラカードがあがる(ったり、あがらなかったりする)光景は異様な迫力があったことをなんとなく覚えてます。懐かしのテレビ番組みたいなので見たのかもしれません。この番組により、今まで格下だったホリプロサンミュージック勢力をまし、ナベプロは失速していくのです。

 

ちなみに歴史をさらにさかのぼると、第二次大戦後の日本政府にとって米国軍人の娯楽を提供するのは大事な仕事のひとつでしたが、ナベプロの創設者の渡辺晋氏はまさにそこから身を立てた人物です。戦後日本で芸能事務所を設立した人のほとんどがアメリカ軍相手のバンドマン出身者だったのは興味深い。ジャニーさんも、もとはと言えばアメリカ軍で働いていたわけですし、日本は敗戦国だったんだなぁということを実感します。ナベプロは月給制の導入や(これはバンドマン時代にギャラを覚せい剤につぎ込む仲間を沢山見てきた渡辺氏が金銭の心配をしないで仕事に打ち込めるようにという配慮があった)、親衛隊のはじまり、デビュー前のタレントは社長宅で住み込みでレッスン、など今に繋がる芸能事務所の礎を築きました。自分のプロダクションを持って、大衆の求めているものを他所より早く提供することを目標に掲げたナベプロがまさに大衆の時代、アイドルの時代に失速していった経緯が面白いです。

 

渡辺晋より10歳若い阿久悠兵庫県生まれ。明治大学卒業後広告代理店から作詞家になった人です。終戦時に22歳だった渡辺晋と12歳だった阿久悠、10歳違いですが世代の違いをなんとなく感じます。

その佇まいから、阿久悠のことを重鎮然とした人なのかなと私は思ってました。でも、スター誕生がスタートしたころ、あのプラカードを挙げる様子がまるで『奴隷市場の人身売買のようだ』と批判されたのを受けて、阿久悠はこう述べてます。

番組の企画を煮詰めていくなかで、ぼくは芸能界という言葉にこだわった。この言葉の解明と納得と、できれば信頼と好感が最大のテーマであろうと繰り返した。ー夢を食った男たち p.51

阿久悠たちが1971年に「スター誕生」を作ってからもう45年以上たつわけですが、この阿久悠の願いはまだ叶ったとは言えないですよね。ジャニーズ事務所も他の芸能事務所のことも、私たちは批判し続けながら楽しませてもらってます。

 

 

芸能界が得体のしれないもの、おどろおどろしいもの、特にジャニーズは、と私のイメージが固まってしまったのは、北公次氏の「光Genjiへ」という本でした。昭和の最後の1988年12月、光Genjiの全盛期に出版されたこの本は一大センセーショナルを巻き起こし、私もこっそり本屋で立ち読みしました。多分高校に入学したばかりの頃だったと思います。「ゲェ、気持ち悪....」というのが率直な感想。

今思うと、タイトルといい、自分の人生に後輩を引きずり込むなよ!と腹が立ちますが、当時は内容にただショックを受けました。

それにこの本はどちらかというと暴露というよりも、自分の苦しみやくすぶりを懺悔して吐き出すことで浄化してまた芸能界に返り咲きたいという内容で、とってつけた感のあるリアルな性描写とか、ジャニーさんとのアレコレは出版社側がそこを押し出したかったんだろうなぁ~と感じます。

そう、私この本を取り寄せて読んだんです!ジャニーズを愛する者として、いつかはこの本を読まなくちゃいけないなーと思って。読む時間がなかなかなくて、夏のキャンプ場に持っていきました。キャンプにこれほど相応しくない本も珍しい 笑。

 

1980年代半ば過ぎ、ある有名なAV監督がメリー喜多川氏と揉めて、もうこうなったら全面戦争してやる!と「ジャニーズ事務所マル秘情報探偵局」と事務所に電話線を引いて(この言い方すごく昭和っぽい)集まったネタの中で、この人だったら喋るんじゃないかと白羽の矢が立ったのが元フォーリーブス北公次氏。それが発端としてこの本は出版されてるわけで、最初から反ジャニーズとして企画されたものだったわけです。(1980年代後半、ジャニーズ事務所は今ほどの力を持っていなかった。)

 

今改めて読むと、北公次本人は給料が安かった、メリーさんが金を貸してくれなかったとはいうものの、地方の貧しい家庭出の自分がスターになれたのは彼らのおかげだという態度は一貫してて、2012年に北氏が逝去する直前にもジャニーさんとメリーさんへの感謝のメッセージを残しています。この暴露本出版後からだいぶ経った、2002年にフォーリーブスは再結成するので事務所側と北氏の間でなにかしらやり取りがあったことは想像に難くないのですが。

 

ジャニーさんの嗜好について、憶測でものを言いたくないのでここでは避けますが、ジャニーズを好きな人ならどこかで折り合いをつける事柄ではないでしょうか。思うにあの時代に光Genjiが少年然とした半裸で踊っていたこともこの本の説得力を増した気がします。これが最近の、筋肉隆々としたガタイのいいジュニアたちが活躍する時代に出版されていたならここまで影響なかったのでは。いずれにせよ、望んでない人にそういうことを強要するのはいけないことですが、詳しいことは私には分かりません。私の年代にはビビッドな話しでも最近の若い子にはピンとこない話だと思うし。ただ私がジャニーズについて深く考えようとするとどうしてもここがネックになる部分ではあります。

 

出版当時には読み落としてましたが、どちらかというとフォーリーブス活動当時から北氏が覚せい剤依存だったことが衝撃でした。何が怖いって、こういう世間知らずの人間を食い物にするヤクザや売人や一山当てたいと思ってる山師たちに利用される図式です。これは本当に怖いと思うし、少し前の記事でも書いたように、ジャニーズがいつの間にか「息子や孫を入れたい」芸能事務所になって、家庭がちゃんとしてる子を優先してるように見えるのも、この辺の歴史を踏まえてるような気がします。薬に溺れてるの知ってたのならなぜ周囲の人は彼を治療に連れていかなかったのだろう?と疑問に思いますが、当時は芸能界にドラッグが蔓延してたので、彼が特別だったわけではないのでしょう。

薬物をどうしても止めれなかったり、せっかく現れた協力者やチャンスを自分のエゴでふいにするあたり、北公次は確かに弱い人間だと思いますが、その分繊細で才気走った、芸術センスのある人だったのでしょう。(Youtubeで当時の映像をみても、今に繋がるセンスを持ってる気がします。)この本は、人生のドン底における起死回生の策だと思って彼は出版に協力したはずです。しかし、まんまと利用される形になり、彼の想いと反してこの本のせいで表舞台に復活できなかったんだろうなーと、なんか可哀想に思います。その後も何度もこのシリーズを出版してますけどね。

 

 

阿久悠の話に戻ります。

阿久先生はジャニーズにそれほど曲を提供してないのですが、1977年に書いた、フォーリーブス「踊り子」は今でも色褪せない名曲です。90年代までのジュニアは必ずこの曲を通ってくるイメージあるのだけど今でも歌ってるんでしょうか。

浮き草の踊り子という立場を女言葉で歌うという、人気稼業であるジャニーズアイドルをある種象徴するような歌詞で、阿久先生の洞察力には感服です。「私は踊り子よ」と、「うらぶれた灯りの下」で「短い夢だと割り切って」「このまま割り切って別れていきましょう」という歌詞を10代のジュニアに歌わせることについて、私は(ジャニーズえげつない.... )って思って眺めてたんですけど、なにかそこには芸能というものの計り知れない魅力と魔力があります。

 

「スター誕生」がはじまって十年後、同窓会スペシャルとして集められたかつてのスター予備軍の少年少女だった彼らを見て阿久悠はこんな感傷を覚えます。

売れた子もいれば、全く売れなかった子もいる。スターにはなれなかったけれど、「スター誕生」へのトライは間違いではなかったと思う子もいれば、そのこと自体が失敗だったと感じる子もいたかもしれない。

その後の青春、その後の人生に役に立てた子もいれば、それがペナルティーになってしまった子も、もしかしたら、いるかもしれない。ペナルティの意識を自己発見のキィにして、全く違う道を歩く賢明でたくましい子もいるだろうし、ペナルティと勲章の区別がつきかねて、いまだに自分の道を発見できない子もいるだろう。- 同著 p.183

 

私は少クラで歌い踊るキラキラのアイドルたち見ながら、あーどうかみんな幸せになって欲しい!芸能界で成功しなくても別な道で幸せになってほしい!っていつも思うんですけど、ほんと「過去の栄光を諦められないアイドル崩れのおじさん」になって欲しくなくて。これは私のエゴで、なにかを諦めないことはある意味では素晴らしいのだと思うのだけど。ジャニーズを応援することは、どこか罪悪感がつきまとうのです。最近のジャニーズたちはほんと賢くてあまりそこを心配しなくても良さそうなのが、私がこれほどジャニーズにはまった一因のような気がします。

 

最近、ジャニwebでのHey! Say! JUMP八乙女光君の連載を読んでなんだか胸が締め付けられました。それは駅や空港でメンバーを出待ちしてるファンの子へのやんわりとした「お願い」で、居合わせた一般の人に迷惑になるからというだけではなく、グループの未来の在り方に言及してて、お互いにね、気を付けようね、お互いの未来のためにね、って感じであまりにも謙虚で優しくて賢くて。自分が嫌な思いをするのは構わないっていう態度にアイドルの覚悟を感じて感動すると同時に、アイドルファンとしての矜持も正さなくてはと改めて思いました。2017年になって「光Genjiへ」を読むというのも、私なりの矜持のあり方だと思ってます。

 

 

阿久悠を亀梨君が演じると聞いたときに、ビジュアルが全然違うのに!と驚きましたが、亀梨君の演技力のおかげか、番宣で見た70年代ぽい茶色いスーツをきた亀梨君はちゃんと阿久悠ぽかった。NEWSシゲは作曲家の都倉俊一を演じます。父親が外交官でドイツ育ち学習院大学の学生の頃から作曲の仕事していた戦後生まれの都倉氏は、11歳年上の阿久悠にとって新しい時代を感じる、非常に眩しい存在だったようです。まさに一目ぼれという感覚だったと述べてます。オーデコロンが欲しいという都倉に付き合ってデパートに行ったらショーケースの上で何本も香水を並べさせ、ひとつひとつ手の甲に塗り付けては香りを嗅ぎ、なかなか気に入るものがなかったようで全部の匂いを嗅いでから、ありがとう、気に入ったものがないから、と帰る都倉俊一にびっくりした阿久悠のエピソードが好きです。僕なら好みのものがなくても諦めてどれかひとつ買って帰るんじゃないかと語る阿久先生に共感を覚えました 笑。そう告げたら都倉俊一は不思議そうな顔をして、気に入らない物を何故買うのかと逆に質問してきたそうです。

まさかここがドラマで取り上げられることはないでしょうけど、私の脳内ではこの部分バッチリ映像化完了してます!香水を手の甲につけて嗅ぎ、キョトンとした顔で「気に入るものがないのに何で買うの?」ときくシゲ.... キャスティング完璧です。

 

長くなりました。ここまで読んでくれた方ありがとうございます。かなりはしょって話を進めましたが、15歳の時から心のどこかに抱えてたあの本への気持ちを整理できてすっきりしてます。何事も原典をあたることって大切ですね。

24時間のランナーが気になりつつ、日テレに踊らされるのは悔しい気がしちゃう私からは以上です!

 

 

*1:「夢を食った男たち」 阿久悠著(文春文庫)、「ナベプロ帝国の興亡」軍司貞則著(文春文庫)