ゆずこんぶおいしい

アイドルのもつ一瞬の輝きと永遠の力について考えるblog

「組織票」はネガティブなのか?

(Twitter上で投票する文学賞というのがありまして、そこで加藤シゲアキ著「チュベローズで待ってる」が組織票的に投票されるのは好ましくない、とのコメントが主催者側であったという件を念頭に書いてます)

 

私は投票してないのですが、個人の感想としては、「あら、お呼びでない感じ?こりゃまた失礼しました~ てか、チュベローズ読んでもいないんかーーいヽ(・ω・)/ズコー」って感じです。

 

想定したフィールドがお互い違ったのでしょうね。まぁ著者がアイドルである以上組織票と思われても仕方ないし、シゲ担としては冷静にスルーがベター、と思ったのですが、かねてから「組織票」は面白いテーマだな~と思ってたのでちょっと考えてみます。

 

主催者の方が「愛ある組織票で何かの一位になっても良い結果は生まない」とおっしゃってて。愛ある組織票って上手い言い方だな~と思うと同時に、ジャニオタにとってはCDの購入だって愛ある組織票だしな…と思いました。数にこだわるのはジャニオタに限らずアイドルオタの常で、それは数こそが彼らの活動や夢に近付くことをオタが知ってるからですよね。CD買ったりハガキだしたり投票したり、なにか彼らへの意思表示をできる機会があれば行動したい、それは多くのジャニオタにとって当たり前のこと。だからそれを組織票と言うのであればそうだろうし、そう思われても仕方ないなって思いました。

 

主催者の方の「誰それが好き、じゃなく、本が好きな人に投票してほしい」という意見も分かるのです。しかし、投票のどれが純粋に本に対してのもので、好きな人が書いてるから選んだのか、それは主催者側は選別できるものではないのです。組織票を阻止するには投票率をあげるしかない。組織票は止めて欲しいという呼びかけ自体がある意味、組織票なわけですし。そもそも「誰が好き」という理由は本を選ぶうえで不純な理由ではないのでは。

 

と、言いつつ、私も最近になってやっとこのジャニオタ文化に慣れたところです。熱すぎる応援、それが個人でやってる分には微笑ましいですけど、なにかを強制したりするのは先輩が厳しい部活動じゃないんだから…って思ったり。まぁTwitterなんかやらないで人と繋がらずオタクしてるのが平和なのかもしれないけどやっぱり誰かと交流したい、私は。その交流ふくめて楽しいオタク活動な部分あります。

 

Twitterでよく見かける光景に、非オタでたまたま目にしたジャニーズについてちょっと誉めた人にオタクが「そうなんです!ありがとうございます!○○くん最高なのでよろしくおねがいします!最近出た□□も是非ご覧ください!」的なリプを送って、そのジャニオタの圧の凄さに(え、なんか怖い。そこまでじゃないんだけど....)と、引かせるっていうのよくありますよね。私はジャニオタなので、他のジャニーズを薦められたら嬉しいし、よっしゃ~!良い子いればどんどん教えてくれ!!ってテンションですけど。

 

自分も含め、ジャニオタのこの熱さってどこから来るんだろう?と考えたとき、やっぱりこれはアイドルが芸よりもその人自身を売っているからなのかなぁと思いました。特にジャニーズは幼少からの成長過程を見せることも大きな魅力の要素なので、そんな彼らの人格や背景まるっと愛してるオタクの肩入れがすごいのかも。ジャニオタの母体大きいからファン同士のマウンティングも激しくそれが全体の熱気を挙げてる気もする。あとこれもTLで見た意見だけど、Twitterというツールが不毛になりがちな論議を生んでるとも言える。

 

私も、アイドルとしてのシゲを先に知ったので、シゲが書いた本は向こう側にいる著者をすごく意識しながら読んでしまうし、正当にシゲの本を評価できるのかと言われれば、それは無理です。

 

そもそも本を評価するって難しいですね。専門家の人にとっては評価の指針があるんでしょうけど、一読者としては面白かった/面白くなかったという個人的な感想が評価の大部分でしょうし。シゲの本が、まだまだなにかしらの賞を受けるレベルにはないのだと専門家の人が判断するのならそうなのかもしれないし、人気が実力を上回っていると言われればそうなのかもしれない。

 

シゲ本人もジャニーズだから本が出せたと明言してるし、例えファンが過剰に高評価をしてたとしても、勿論そんなことは分かってると思います。だから、「組織票」で一位になったとして加藤さんは喜ぶでしょうか?という問いには、いやーどうでしょうね?本人もそういうのは織り込み済だと思いますけどねー、でも狂信的なファンが付いてるとは思われたくないので、その辺は気をつけたいと思います、としか答えられない。

 

私は全然狂信的ではないし、冷静な人間でありたいと思ってるので、この、心の中にある熱い想いとどうバランスをとっていくかが個人的な課題なところあります。

 

あらためて、アイドルとしてキラキラした夢を見せてくれるシゲが、自分の内面をさらけ出すように小説を書いてくれることと、その二つが齟齬を生み出さず、アイドルにもアーティストにも偏らないシゲのバランス感覚に惚れるとともに、それは並大抵のことではないんだよなと思いました。

 

ところで、私、常々、手越チャラ男扱いは解せなくて、だって手越全然チャラくないし、でも今夜のイッテQでチャラ男として番組を全うしてた手越君見てたら、実は全然チャラくなく真面目でファン思いな手越君や、コンサートでファンに向けるあの笑顔は、ファンの人だけが知ってる特典でもいいのかなって思い直しました。

それと同じようにシゲがなぜ小説を書き始めたのかとか、その努力なんかを知ってる私は幸せなんだな~とも感じました。アイドルであることは小説家加藤シゲアキにとって不可欠な要素で、でもそれを万人が知る必要はないわけで。シゲが歩む道は、未踏の道であり、私はそこを歩んでいくシゲを他のシゲを愛する人たちと一緒に見続けて応援することしかできないけど、その気持ちが「組織票」と言われるならそれはそれでいいかな、って思いました。そんな感じ。