ゆずこんぶおいしい

アイドルのもつ一瞬の輝きと永遠の力について考えるblog

『無題』

月曜日の午前2時。シゲ部聴いてまた起き出してきた。と言ってもいつもみたいにシゲをこじらせてしんどくって起きてきたんじゃなくって、じんわりと幸せに満ちた感じなのでこの気持ちメモっておこ~って。

 

きっかけは、日曜日の夜に実家の母から電話がかかってきて、自分でも冷たいなって思うんですけど、どうにも母からの電話が苦手で、はいはいっておざなりに対応した後で、はぁ....と溜息ついてふと思ったのです。シゲに対する気持ちって『現実逃避』なのかもしれないな、と。

 

なんかやだったんですよね、その現実逃避って言葉が。

シゲってリアルじゃないですか、アイドルだけど、現実に生きてる姿を見せてくれる人間なのに、そこに現実逃避を求めてしまう自分は嫌だなぁと思った。それは私とシゲが地続きの世界で生きてないってことのあかしでもあるし(アイドルとファンだからそうだけど.....そうは思いたくないの。このへん自分でも説明できない。リア恋とも違う感情....複雑かw)自分の今の生活がつまんないと思って暮らしてることを明かされるのもつらぁー!と思って。

 

具体的な不満があるわけでもなく、はたから見れば幸せだし、自分でもそう思う。

でも、ああこういう感じに収まっていくんだ、意外と小さくまとまったのね、と、もっと違った人生を夢見てた頃を思い出してなんだかやるせないような、切ないような悲しいような気持ちになって窓から景色を眺めてました。

母からの電話が苦手なのは、こっちの都合お構いなしに一方的に喋られること以上に、順調に老いていく親を、これが現実だと、いくら私がシゲが提示してくれる光を見てても、生まれた所から遠くへ行きたがってても結局戻るところはここなのか、という、ある種、絶望にも近い事実を母から突き付けられるような気がするからかもしれない、そう感じました。

 

シゲのソロラジオ聴いてると「人生について考えようぜ」って言われてるみたいでしんどくなる時があるってお友だちが言ってて、それは私もまるっきり同意なんですけど、おそらく、シゲみたいな人は常に人生とは、世界とは、と考えながら生きてるのでもうそれは仕方ない。なんでそう思うかというと、私の父がそういうタイプの人間だったからです。シゲってちょっとお父さんに似てるな....って思ったら夜中に可笑しくなっちゃって。いや、似てるけど全然違うんですけど、こういう哲学的な男性って一定数いるよな~って思って。シゲみたいな人は世界に一人だけどね!

 

新しいソロ曲「世界」(タイトルからして哲学)について解説するシゲが、『ツラいけど絶望と希望が一緒にある世界』というワードを言っていて、そっか。って思いました。私の人生も絶望と希望が一緒だな、それって普通だけど、なんだかシゲが言うとそんな普通の世界も輝いて感じるな。うわぁ、なんかしみじみと優しい気持ちになってきた....

ってじんわりと沁み込んできて。

平凡な人生だったけど、シゲを好きになったことは上出来だったな、って死ぬ間際の人みたいな感想が口から出ました。

ほんと、絶望と希望が一緒にあるなんて、当たり前のことだけど、あの非凡そうな人生送ってる美しい人からその当たり前を聞かされると、そうか....ってすごーく美しいことのように感じるから、アイドルってすごいな。

 

さて、青い鳥を探しに生まれたところから遠くへ遠くへ行きたがってた私は若い頃外国に住んでいて、そこで恋に落ちました。その彼の家でよく流れていたのが、今回のソロでシゲが参考にしたと言っていた、グローヴァー・ワシントン・ジュニアの「Just The Two Of  US」でした。

深夜の彼の家で薄く流れてて、私は恋に浸ってて、自分が年を取ることなんか考えたこともなくって、ずっと彼と一緒にいて、未来は輝いてるんだって疑いなく信じてた自分の気持ちも、彼の姿と一緒に思い出します。今は思い出しても甘くてセンチメンタルな気持ちだけで悲しくなったりすること無いほど昔のことですけど、それでもあの頃の20代前半の私に謝りたいような、ごめんねって言いたいような気持ちはずっと心の中にあったんですよね。

でも、今日シゲの話聞いてひさびさにあの時の私を呼び出してみたら、「あ、今はそういう感じ?いや、大丈夫だよ!!意外ではあるけど!ていうか2019年って!」って笑ってくれたような気がしました。

 

過去の私が今の私を救ってくれるようなことってあるんだな。

うーん、シゲ。

いつもブログ書くときタイトル困るんだけど、今日はどうしよう。「世界」にならって二文字で「無題」とでもしようかな。