ゆずこんぶおいしい

アイドルのもつ一瞬の輝きと永遠の力について考えるblog

シゲ部からの貴の刻。伝えることについて。

毎度おなじみシゲの刻。

だってさ、いきなりさ、「そうそう、先週話せなかったことでぇ、ハハッ、このラジオでさ、パーカーで行った理由とか話してさ、次スーツで行くぞとか言ってさ、でさ」とか言われたら(えっ友だち?!)って思うじゃん?

 

目の前に誰かがいるように話せるっていう、すごい才能。

わたしの「友だちに話すようにブログを書く」っていうのも、シゲからインスパイアされたものなのか?

人間は色んなものを通じて自分を形成していくのだけど、その形成する要素も自分ひとりで見つけるわけじゃなくて色んな人からの影響で知っていくんだなということがよく分かるラジオ、それがsorashige book。

洋服から音楽から本からお花から料理から、何から何まで教えてくれる彼氏であり部長であり。

あーこれ、わたしが10代20代だったらすべてシゲ色に染まって人間形成していくんだろうなぁといつも思う。シゲアキ君色に染まるにはわたしは大人過ぎて、なんだか気恥ずかしくて、真正面からシゲに向き合うの照れてしまう。で、照れが邪魔して恋心をうまく昇華できないので長々とシゲの刻をしているんですね~

 

知らんがなって話ですよね。

「私はこれをした、私はこう思った、私はこう感じた」っていう話は、他人にとってはそれほど興味あることではないかもなって私は思ってて。だから、私個人の思考の中にある、なにか普遍的なことを取り出して文章にするのを好むんですけど。

だからか、シゲが語るはなしの普遍性にグッと惹かれるんです。

 

書店にいくとこんなに本が溢れてて、いい本も沢山あって、なんで自分が書くんだろうという自問自答を突き付けられる時があって、それでも書くのが好きだし、色んな物語が人を癒したり救ったり、物語には人を震わせる力があるっていうことは、

 

吉川英治新人賞受賞のスピーチでも言ったんですけど、その先にもっと言いたいことがあって、とシゲは続け。

 

白と黒だけの記号の先に、色んな風景を読者が思い浮かべる、その想像の景色はそれぞれ違っていて、物語が自分のものになっていく。小説や読書体験というのは。その能動的な体験が人を作っていくし、コミュニティーを作っていくし、社会を作っていく。

 

ってことを言ったらかっこよかったんだよな~笑 言い忘れた笑。といい、自分は「作る側」として選択したということはその責任があると語る姿、ラジオだから姿見えないけどかっこよかった~!そして「ここで言えて良かったよ。」と〆る姿は完全に『友だち以上、ほぼ彼氏』で、みんなキュン死したでしょ!?

 

日曜の夜、シゲが与えてくれた思考の波のなかでゆらゆら考えてたら、こんなことを思いました。

 

プライベートを明かせないアイドルは、自分の感情や経験を「みんな」という最大公約数におとしこむ作業が上手になるんだな。

シゲも自分のことを話してるようで、結論はいつも普遍的なところにあるし、

シゲの話わかるよ、って思うのは、シゲが個人的な話を普遍的なものにしてくれてるから、私自身の話をシゲに寄せることができるから。

アイドルにならなかったら作家にはならなかったんだろうな。

読者にとってすごく親切なのも、アイドルゆえ、か。

文字という記号を使って物を作る彼が、ビジュアル重視のアイドルをしているというの、面白いよな~

 

うーーーん。すごい人だ。

NEWSが私を惹きつけるのも、この「伝える力」にあるような気がして。

歌もそうだし、話す言葉も。

私になにかを伝えようとしてくれてるので、おのずとNEWSの方を見てしまう。

 

そしてここ数日まっすーのことを考えてます。急に話変わるけど。

伝えるということについて、考えずにいられない。

初日の横アリで、ソロ曲の中盤の出だしにうまく入れなくて4回もやり直したまっすー。勿論観客は声だせないので(声出せたとしてもあの緊張した場面では声でない)、ゴクリ....と黙って見守るしかないのですが。

シーンと静寂のなか、あれ?おかしいな?あれ?もう一回お願いします、、、とか言ってやり直しするまっすーが内に内に入ってくみたいに見えて、(ま、ま、ま、まっすー.....)って私思いました。だからそのあとのMCでコヤシゲが出てきて「下でゲラゲラ笑ったわ~!4回って!」と和ませてくれたときホッとしました。

 

たまにまっすーが儚く見えるんですよね。

伝えたいことパンパンに膨らんで、歌と踊りでそれを放出させてるように見えるの。

大きな口あけて歌うまっすーの顔がどんどん赤くなっていって、瞼も赤くなって、その命削って歌うみたいな姿に圧倒されて(ま、ま、ま、まっすー!)としか思えない瞬間がSTORYツアーではあった。

まっすーを守りたい!まっすーを抱きしめたい!と、横アリで歌うまっすーを見て思ったわたしの気持ちって、「まっすーの思いを言語化したい」と思う気持ちと多分同じですよね。

ステージの上の刹那を、まっすーの努力を、文章にして永遠にとどめたいって思うんです。

そのせいか、人に伝えることに長けたコヤシゲの真ん中にいるまっすーはとても安心してるなぁという印象。

まっすーが幸せそうならそれで良し。ってメンバーもファンも思うのってそういうことかな。ステージで歌うまっすーは、なんとかこの人を幸せにしたいと思うなにかがあるんだよね~

まっすーはそういうの、ステージの上だけでいいから。って言いそうだけど、勝手に代弁したくなっちゃう。そういうところだよね~。余白を残す危険な男。

 

ほら、シゲのこと考えるときは理論で行くのに、まっすーについてはぼんやりとした語り口になってしまう。。これが貴の刻です。まるでまっすーが言う「なにもしない」「余韻にひたる」「移動中も寝ないでボーっとしてる」みたいな状態。床に寝転んで、ボーっと。。。。。あ、空キレイ。。みたいな。青い空と白い雲と木の緑、、、綺麗なコントラスト。。。まっすー。。。。みたいな。そんな感じ。

 

だって、そもそも、アイドルなのに、最短4年越しで完結する4部作を思いついて実行するって、ただ事じゃないと思うんです。アイドルなのに、は、アイドルには寿命があるのにということです。アイドルの4年って、アイドルに寿命があるとするなら長いよ~。4年後もアイドルしてる!って確信がないと言い出せない。

僕の軽い思い付きが、それ面白いねってみんなが乗ってくれて、と語るまっすー、みんなが話に乗ってくれたとき、嬉しかっただろうなぁと、その時のまっすーの嬉しい気持ちを思うとこっちまで4年越しにニコニコできますね。

 

小説にとっては4部作とか普通だし、20巻30巻つづくこともよくあるから。そう思うと作家を有してるグループってほんと面白いですね。

まっすーの4部作から、今後どうやって物語が展開するのか、楽しみ。

 

お互いに労わりあって、愛情を出し合って、繋いでいくんだなぁと思います。

 

あ、やばい。ぼんやりしてきた。

ま、いいでしょう。こんなのも。

良い一日を~