ゆずこんぶおいしい

アイドルのもつ一瞬の輝きと永遠の力について考えるblog

言えないこと、言わないこと、胸にあること。

シゲは「荒野を行く」と言ったけど、端的に言って今の私のTLが荒野です 笑

と、思わず笑をつけたくなるほどの状況 笑

 

色んな対策(ミュートしたりフォロー外したり)で対処したほうがいいというのは分かっているのですが、私は自分と似た意見しか触れず思考が偏るのを避けたいので、そういう対策を講じてる自分というのはなんか嫌だなと思う。

興味の無い分野のニュースを目にすることができる新聞を購読し続けるのも、確証バイアス(仮説や信念を検証する際にそれを支持する情報ばかりを集め、反証する情報を無視または集めようとしない傾向のこと。 wikipediaより)に陥りたくないからで、そんな気持ちでTwitterにも接してきました。

 

自分を肯定する意見ばかりを見ないようにしようと思いつつ、TLに流れてくる、「手越くんが批判されればされるだけNEWS は持ち上げられて、ほんとはだれがNEWS を守ってるんだろうって思う。」とか、「手越くんを批判してる人はなんとなく生きてるだけで、何かに向かって必死に生きてる人だけが手越君の考えを理解できる。」などの呟きには、頭をかかえたくなります。

 

深く考えず、短い言葉で今の気持ちを世界に発信できるのがTwitterの良さでもありますが、他者の正直な意見に触れて心が動揺し、自分は空気を読もうとするがあまり何も言えなくなり、そして口を閉ざした状態で見る他者の悪気ない言葉にさらにストレスが、、の悪循環で人に気を遣う人ほど「何も言えなくて...夏」状態になってると思います。私はそういう人に気持ちを寄せたい。

 

手越君の会見を見て私は「自分勝手な男だなぁ!!」と正直思ったので(そのあとのオプレの配信を見てNEWSに未練たらたらなのはかわいそうにも思ったが)その印象に従って今の手越君を見てます。彼の笑顔が見れてうれしいファンの人がいるなら、彼の早めの行動は良いことだと思うし、ジャニーズ事務所に対して彼が果たせなかった恩を、ボランティアで他者に「恩送り」できればいいねって思います。NEWSについて言及するのも、ファンの人が喜ぶだろうと思ってしてる彼のサービス精神だと思う。あと顔がいい。彼の顔の良さに「大切なものを守ろうとするあまり、周囲に攻撃的になってないか」と考慮することも難しいのだろう、いや、そもそも正義はひとつじゃないし、誰も間違ってはいない。

 

ジャニーズ事務所というのは、日系人のジャニーさんが設立したわりには、集団行動を重んじるという日本的なところがあります。

ショーマストゴーオンと、男だらけと、外敵(他の芸能プロやマスコミ)からの防御などなどにより、ジャニーズの団結は固くなっていったんだと思います。国民の協働で自然災害を乗り越えてきた日本国にも似て。

コロナ渦は自然災害ではありませんが、ほぼそれに相当するものです。相互に理解しあってることが前提の社会であるジャニーズは、会社の理念としてさらにそれを構成員に求めましたが、手越君はそこから外れてしまった。

 

私は手越君の活動自粛を発表した時の公式の文面に親心を感じたのですが、手越君の会見で「むしろ辞めるって自分から言い出してくれてありがとう」っていう事務所の腹黒さも同時に感じてしまったので、その後の事務所の用意周到な感じも、総じて芸能界って怖いなって思いました。でもまぁ、自分の知らない業界の表には出ない事情っていうのは、だいたいグレーに見えるもんなんですけどね。

 

ほんとは、刺激というのは同じ場所にいても味わえるものなんですよね。新しい場所に行って新しい人に会わなくても。本を読んだり、映画を見たり、家事をしたりして、自分の内面をみつめ発見することはいくらでもできる。このステイホームの間、多くの人はそれをしてきたし、特にアイドルの皆さんにおいては、どうやったらこの状況で人を喜ばせることができるだろう、と考えつづけた毎日だったのでは。

NEWSの増田さんはこの期間毎日連載を上げ続けたし、小山さんも自分で買った動画編集ソフトで自宅からの動画を届けてくれました。

 

結果以上に、彼らがしてくれてきた過程が、私には嬉しかったです。慶ちゃんが動画編集ソフトを買って、説明を見ながらひとつひとつ字幕を入れたり、キッチンにうちわを飾ったり、技術も日に日に上達していくのが見ていて誇らしかった。

そして、3人でのHAPPY LIVEの配信で過程と結果が一緒にやってきて、そして、それが手越君の退所がベースにあったことを知ったとき、尊敬と、大きな感謝の気持ちになりました。

 

だから、そんな彼らがいる組織を離れる手越君のことを「夢に向かってる姿がかっこいい!好きなことをしててかっこいい!」とはとても思えないのが現状ですが、それも私の中でなんらかのバイアス(例えば、人脈とか、ビジネスとか、夢、とかいいがちな人たちへの)がかかってるはずなのでなるべくフラットに見たいんだよ、って思いながらこの文章を書いてます。あと、今苦しい思いをしてる誰かに、わかるよ!っていう気持ちも込めて。

 

「何を言うか、ではなく、何を言わないか」が人間の品の良さを決めるんじゃないかなって思います。なにがあったか、実際の真実を分からないときはそっと口を閉じ、心のなかにしまうことができる人は立派だと思います。わたしもそうなりたいですが、生まれながらの理屈っぽさ、黙っていられなさ、あと、感情的になりたくなさ、が顔を出してきます。反面、あとみんな、もっと好きなこと言っていいと思うんですよね。議論は話の内容に対してするものであって、人格攻撃ではないのだから。このへん、これからの学校教育で議論をすることを子どもたちに伝えていってほしいです。

 

私は3人のことも、手越君のことも好きです。誰かを喜ばせたいと思って行動してるひとにはいつも幸せが訪れてほしい。

 

4人ともが幸せな人生を歩んでほしいと思う気持ちは、みんなが持ってると思うので、今苦しい人もおだやかな気持ちになれるときが来ますように。