誰でも失敗をかかえて生きてるから。

私がまだ独身で東京で働いてたころ、小さい子どもがいてフルタイムで働く同僚が、「会社のランチタイムだけが私の時間」といって、時々、私たちの給料では不相応な、コースランチを一緒に食べてたことを思い出しながらドトールにいます。

 

ドトールにくるといつも、慶ちゃん、ツナチェダーチーズホットサンド食べてたなって思い出します。ジャニwebかな、何で見たんだっけ。今日のお昼~って出してきた写真に、ずいぶん庶民的だなって微笑ましく思ったものです。(わたしも好きです。コスパが良い気がするから 笑)

 

前回の記事は、私のなかで一番客観的な部分を取り出して書きました。今日はもっと主観を書かせてください。仕事してても、いまだに頭の半分はこの事考えてて目の前のパソコンに集中できないのです。

 

日曜日夜のシゲのソロラジオをつけたら、騒動まえの録音の、すごく元気でご機嫌なシゲの声が聴こえてきて、この1週間の記憶を人類から消したい!!って本気で思いました。

 

最後に見た金曜日ビビットでのシゲと、日曜日のラジオでEPCOTIAツアーへの感想メールを読みながら、ファンの子に誉められて嬉しそうに笑うシゲの落差がすごくて、不安に襲われました。

 

もうこんな楽しそうにしてるシゲの姿を見ることはできないんじゃないかって。コヤシゲのイチャイチャ、また見ることできるのかなぁ、できない気がする、、って。そしてまた憤りを感じました。やっぱり、私には分からないし許せない。なんでシゲがあんなに憔悴した顔をしてツラい思いをしなきゃいけないのか、と。

 

私の心のぶつけようがないのは、この一連の出来事が、そこまで代償を払うべき悪いことだと私が思えないからなんです。結局のところ。でもそれは、彼らの身内であるファンの私が言ってはいけないことで。

 

代償というのは、数週間程度の活動自粛と厳重注意という、今現在の事実だけではなく、貼られてしまったレッテル、そして、今後もずっと彼らにつきまとっていく、周りに迷惑をかけファンを悲しませたという、自責の念も含まれます。

 

人間だれだって過ちはおかします。私だって、ふっと思い出すとおもわず体が固まるような失敗をしましたし、人には言えない過ちをおかしました。その失敗にできるだけ目を向けないようにして、楽しい思い出で上書きして、無意識に忘れていくことを選択して私はいま生きてます。誰しもそうやって失敗を抱えて生きてるってことを知ってるから、普通の人は、周りの家族友人同僚の失敗を蒸し返したりはしないものです。

 

世間はすぐ忘れて次の話題に映ります。でも、完全に忘れてくれるわけではなく、いつ何どきでもそれは掘り起こされて、さぁ見ろ!と言わんばかりに突きつけてくるのです。それが私と彼らの失敗の違いです。

 

私は、この件をコヤシゲがガハハハッって笑い飛ばしてネタにできるといいなって思ってましたが、そんな強い人ではない、とラジオでの何かが起こる前の明るい声のシゲ聴いて思い返しました。自責の念を抱きすぎて自分に厳しくし過ぎないことを願うばかりです。

 

でも、なんだかんだ言ってシゲのことはそれほど心配はしてないんです。これを凌駕できる仕事を与えられ、新たな仕事によって復活していけると思ってます。

 

NEWSと慶ちゃんのことは心配です。今度のことで、NEWSの要は小山さんだったんだなって改めて思いました。小山さんの甘やかさ、優しさ、軽さ、協調性、もろさ、そういうものが四人のNEWSの魅力のベースだったんだなぁ、って私は感じました。

小山さん、味スタにいるかなぁって夫に弱音を漏らしたら、「テレビじゃないんだし、ファンから『小山出てくんな』って手紙殺到しない限りでてくるでしょーが。ファン向けのクローズドのコンサートなんだから。」と言われ、そりゃそうか、と思いました。小山さん、味スタで泣いて謝罪するかもしれないし、ほんとは私は、そういうのあまり好きじゃないけど、小山さんが泣きたいなら好きにしな、なんでも受け止めるよ。けいちゃーん!!!って叫ぶよ。

 

年をとっていいことは、時間に身を委ねるってことを覚えることです。でも、今回のことはどうしても身を委ねることできない部分もあって、一人、10代の頃にどこかに置いてきた世の中への憎しみを思い出し、憤ってました。本人たちにでも、19歳の女の子にでもなく、拡散したひとでも、愚痴アカの人でもなく、自分自身でもなく、なんだか世の中全部が憎かった。久しぶりに生きてることへの怒りを感じて、それはそれで良い経験だったかもしれません。

 

人生なんて一瞬の夢です。

夢の時間を生きてるんだと思うと、人にも自分にも優しくなれるし、幸せはより深く幸せに感じられるし、失敗は大したことないように思えてきます。

生きてることも、人を好きになるのも、奇跡みたいなものなのです。

 

そんな気楽な気持ちで人生を送ってる私からみると、人目にさらされ続けて失敗が忘れてもらえない芸能人は大変だな、、としか言いようがないです。

 

ほんと、アイドル辞めたくなったら辞めてもいいんだよ、生きてるだけでいいんだから。ってみんなに言いたくなります。母親かな?

 

私が願うのは、幸せな記憶で、その失敗を上書きしてあげたいってことです。ファンには彼らに幸せな記憶を与えることができます。アイドルにはファンが必要なんです。

 

ああ、私がお金持ちならなー。

10万円分ぐらい6/27発売のNEWSのシングル「BLUE」を買うのにな。(リアルに小市民的な金額。) バシッと『NEWS必要ですから!!すばらしい歌をうたいますから!!』ってところを世の中に叩きつけるのに。(やっぱりファイティングスピリットが残ってる。)

 

と、以上はわたしの意見です。

他人と意見が別れるのが当たり前なのに、それを避ける風潮があるなぁ、ってそこにも息苦しさを感じる昨今です。

意見を否定されると、まるで人格を否定されたような気持ちになる人も多いし、、って言いながら、私が「宿題しなさいね」(とか、それに準ずる生活上の注意)って言うと「僕のこと、嫌いってことだね!」って逆ギレかましてくる息子の顔を思い出してます。

いやいやいや、これはあなたの行動に対しての発言であって、あなた自身を否定してるわけではないのよってことを伝えますが、内心めんどくせぇなぁって思ってます。めんどくせぇなぁって思ってることがバレるとさらに「やっぱり!僕のこと嫌いなんでしょ!」ってなるのでほんと、、あ、すいません話がそれる。

 

違う意見を取り入れつつ、自分の中の意見と擦り合わせていくことが、他者を理解することでもあり、自分の成長にもつながるんですね。TwitterのTLを見ながら、そんなことも考えました。

 

んー、すっかりカプチーノが冷めたわ。

 

それじゃまた!